ホンダの名車 スーパーカブと本田 宗一郎 。

1950年代の終わり頃、ホンダスーパーカブが大ヒット!
このオートバイは50ccのモペットタイプで、クラッチ
レバーがなく、片手運転が出来るというので重宝がられ
蕎麦屋の出前や新聞配達など、町の商店の間では
大変な評判となる。

この成功を見て他社もこれに追随し、街中この手の
バイクが走り回りY社のカブ、S社のカブと
呼ばれるようになった。

この頃ようやく日本にも、意匠権というものが
意識されはじめ、係争の結果ホンダが勝利する。

当時のお金で数億円、相手会社がホンダに支払う
羽目に…が、社長の本田さんは、
「ホンダが創ったと分かればそれでよい」
として、お金を受け取らないと
決定をしたのである。
とらぬ狸を決めていた営業、生産、開発の重役は
悔しがったと聞く。
翌朝の新聞はこれを大きく取り上げた。
これによって世間は、
やはりホンダのオリジナルだったと知ることに。
本田さんの思い切った決断によって、
かえってホンダの独創性が世に認められることに
同時に社内にも独創性の重要さが強く
意識付けられたのである。
そして発売後60年経った2017年現在、
スーパーカブは世界で累計1億台の販売を記録し、
今もなお売れ続けている。
今でも、本田さんの「マネすんな」という声が
聞こえてきそうですね!
11万km 走ったカブ50のエンジンを分解整備してみた!!